気候変動がカタクチイワシの資源変動に与える影響
多獲性の小型浮魚類であるマイワシやカタクチイワシは,我々の生活に非常に馴染みの深い魚です.また,海洋生態系の中では,マグロ等の上位捕食者の餌資源としても重要な役割を担っています.近年,これら小型浮魚類の資源量は海洋・気候変動と密接に関わっていることが明らかになってきました.持続可能な資源利用や資源の変動予測法確立を目指して,わたしたちの研究室では,小型浮魚類が気候変動やレジーム・シフトにどのように応答し資源が変動するのかを詳細に解明することを試みています.
1. 沿岸域の環境変動とその要因
九州西岸域に分布する対馬暖流系群のカタクチイワシは,小中型まき網により漁獲されています.沿岸域に分布する本種の資源変動は,沿岸域の海洋環境,特に,水温の変動と密接に関わっていることが推察されます.海洋生物の資源変動の動態を捉え,その変動要因を明らかにするためには,生息域の水温などの環境条件を把握しておく必要があります.そこで,資源の変動メカニズムを考察する上での基礎的知見である沿岸環境の長期変動について,近年,カタクチイワシの漁獲量減少が問題化している長崎県の大村湾に着目して水温の変動メカニズムの解明に取り組んでいます(図1).
図1 大村湾 |
大村湾の水温は1955-95年の40年間で,夏季には低下傾向,冬季には上昇傾向を示し,一般的な温暖化理論とは少し異なる傾向を示すことがわかっています.さらに,このような水温の長期的な変動要因を熱収支解析によって定量的に解析した結果,日射量の長期的な減少が夏季の水温低下を,気温の上昇と風速の低下が冬季の水温上昇を引き起こしていたことが明らかとなりました.
このようなローカルな気象条件の変化が何に起因するのかを検討しました.その結果,日射量の減少は地球上の広範囲で報告される地球薄暮化現象に,風速の低下は東アジアモンスーン循環の弱化に起因していることがわかりました.興味深いことに,このような水温や気象条件の長期的な変動傾向は九州西岸域のみならず,日本各地の沿岸域で観測される現象であることがわかりました.つまり,大村湾のような極めてスケールの小さな沿岸海域においても,より時空間スケールが大きな環境変動に敏感に応答するということが示されました. 本研究の成果は今後,沿岸海域の環境評価や将来予測等に取り組む際には,局所的な現象に着目するだけではなく,中緯度気候システム全体の変動を考慮する必要があることを示しています.
図3 大規模な大気変動とローカルな環境変動のメカニズム |
2. 沿岸域漁業資源との関係
わたしたちの研究室ではさらに,沿岸域における海洋・気候変動に対する海洋生態系の応答メカニズムの解明に取り組んでいます.大村湾では1980年代以降,カタクチイワシの漁獲量が低水準で推移ししており,近年は1970年代の高水準期の半分以下まで低下しています.これまでの研究で明らかとなった水温の変動との関係を調べた結果,湾内の水温との間には相関関係が得られず,既存の“成長速度最適水温仮説”では説明することのできない資源の変動が九州西岸域で起きていることがわかりました.
図4 大村湾のカタクチイワシの漁獲量 |
現在,何が九州西岸域のカタクチイワシ資源の変動をコントロールしているのかについて,彼らの生活史初期である卵仔魚期に焦点を当て,輸送過程の変動が長期的な資源変動に及ぼす影響について研究を進めています.本研究室では,数値モデルシミュレーション手法により,粒子の輸送・分散過程を定量的に検討し,カタクチイワシの卵や仔魚が”いつ・どこに・どのように” 輸送されるのかを研究しています. また,地球温暖化に代表される地球規模の気候変動に対する将来の資源変動予測を数値モデルを用いて研究しています.