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酸素同位体を用いたクロマグロの成長環境履歴


 国際的に重要な水産資源であるクロマグロ(Thunnus orientalisa)は、近年乱獲の影響で資源の低下が懸念されており、適正な管理が求められている。本種の主な産卵場は南西諸島からフィリピン近海であるが、最近では日本海でもかなりの規模で産卵が行われていると考えられている。近年の研究により、淡水魚や底生魚などの耳石の酸素安定同位体比(以下δ18O)は、環境水温に依存して変化することが明らかになってきた。耳石とは炭酸カルシウム(アラゴナイト結晶)からなる硬組織である。耳石は代謝回転が極めて小さいことから、一度取り込まれた微量元素や安定同位体比は死後も保存される。そのため、その個体が経験した生息環境の履歴を知ることができ、無負荷型記録計として期待されている。そこで、本研究は、異なる水温下で飼育したクロマグロ仔魚の耳石の微量炭酸塩安定同位体比分析を行うことで、耳石のδ18Oの水温指標としての有効性を検討した。

 飼育実験は、2010年6月に (独)水産研究総合センター奄美栽培漁業センターで飼育されているクロマグロ親魚から得られた受精卵を用いて、同センター内で水温別に行った。23-28℃の間で1℃ごとに設定した6温度区で、2-8日間飼育した。仔魚をエタノールで保存した後、針とピンセットを用いて仔魚から約6000個の耳石を摘出した(図1)。そのうち合計3000個の耳石について、微量炭酸塩安定同位体比分析法を用いて、安定同位体比質量分析計(Finnigan MAT252)でδ18Oとδ13Cの測定を行った。耳石は直径15-25μmと微小なため、耳石100個を1試料(重量約1.3μg)として分析に供した。

 その結果、水温とδ18Oとの関係は、直線で回帰することができ(図2)、クロマグロ仔魚の耳石δ18Oは水温に依存して変化することが分かった。本研究から、クロマグロにとって耳石δ18Oは精度の高い環境水温指標となり得ることが初めて示された。今後、漁獲によって得られたクロマグロ成魚の耳石を解析することにより、仔魚がどの水温環境で産卵したものなのかが分かることになり、本種の産卵海域、産卵規模、回遊履歴、初期生態についての解明が大いに進むものと期待される。


図1 クロマグロ仔魚(3日齢)とその耳石 図2 飼育水温と飼育水のδ18O(平均±標準偏差)で補正した耳石δ18Oとの関係 点線は回帰式の95%信頼区間 (点線1:信頼上限/下限、2:予測上限/下限)を示す.