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浮遊幼生期の流動環境を考慮したアワビ資源の保護区設定


 大型アワビ類は、我が国において最も高価な水産資源のひとつです。三種(クロアワビ Haliotis discus discus、メガイアワビ H. gigantea、マダカアワビH. madaka)が暖流域に生息し、一種(エゾアワビ H. discus hannai)は寒流域に生息しています。これらの種の総漁獲量は1970年から急激に減少しており、人工的に育てられた稚貝が放流されているものの漁獲量の回復には至っていません。アワビ類は産まれてから数日間、浮遊幼生として分散し、その後着底します。このため、幼生分散を通して成長・生残に適した海域へ幼生を供給できる親貝密度の高い保護区を設けることが、資源回復の手段としてあげられます。しかしながら、アワビ類の幼生分散については、研究例が少なく、保護区の評価に利用できるほどの詳細な知見はありません。そこで本研究では、異なる地形的特徴を持った三海域(相模湾東部、北海道忍路湾、三陸沿岸)の漁場を対象に、数値シミュレーションを用いて幼生の分散過程を明らかにすると共に、上述した保護区の有効性を評価しました。

 大規模湾の一例である相模湾東部において、暖流系大型アワビ類の保護区に適した海域を幼生分散シミュレーションを用いて検討しました。大規模産卵時と小規模産卵時における幼生分散シミュレーションの結果から、長距離(沖へ分散後、沿岸へ輸送)と短距離(ゆるやかに沖へ分散)の分散様式の存在が示唆されましたまた、着底期における輸送成功率を保護区とその北、西、南に1 km離れた三つの仮想幼生供給源で比較したところ、保護区の輸送成功率が最も高く(27−75%)、現在の保護区の位置は、他の海域よりも適していることが推定されました。

 さらに、小規模湾である北海道忍路湾内の保護区では、親貝の9割が放流されたエゾアワビであるにもかかわらず、放流貝を親とする稚貝が少ないことがDNAマーカーの結果から示唆されています。そこで、湾内外の幼生分散をシミュレーションし、放流および天然親貝から保護区への幼生供給を推定しました。夏と秋におけるシミュレーション結果から、保護区への幼生供給は、放流親貝由来よりも天然貝由来の割合が高い(6−7割)ことが示唆されました。この結果は、保護区に天然稚貝が多く存在していることと一致し、保護区で産まれた幼生の大部分は、保護区外へ分散するものと考えられました。また、湾内における幼生滞留率は、保護区における滞留率と比べて、少なくとも一桁高く、保護区を湾の規模に拡大した場合、そこでの再生産が増加する可能性が示されました。

 次に、外洋に面している海域として三陸沿岸に注目し、エゾアワビ漁場からの幼生分散を再現することで外洋に面した7漁場間の連結性を検討しました。モデル結果から、中・南部沿岸の漁場では大規模産卵時の長距離分散と小規模産卵時の短距離分散の二様式を持つことが示唆されました。また、他漁場に幼生が供給される割合よりも、産卵漁場に幼生が回帰する割合が高いことが示されました。しかし、流況や漁場により、産卵漁場に幼生が回帰する割合が減少する場合があり、この様な漁場における局所的な放流や保護は、その漁場でのエゾアワビの増加につながらない可能性があります。また、沿岸北部の二漁場は、連結性から保護区として最も適しているものと考えられました。

 これらの研究から、大型アワビ類が、大規模湾と外洋に面した沿岸において大規模産卵時に長距離、小規模産卵時に短距離の幼生分散様式を持つ可能性があることが示されました。幼生分散は、流況やその海域の地形的特徴により大きく変化し、小規模湾であっても幼生の大部分が着底期前に湾外へ分散するものと考えられました。研究の結果から、局所的な増殖がその海域の資源改善につながらない可能性も認められたため、幼生期における定量的な評価手法に基づいた管理が重要であると言えます。これらの研究では、大型アワビ類の幼生分散過程を再現する手法を開発し、有効な保護区設定のための定量的な検討方法を明示しました。また、得られた知見は、低迷している大型アワビ類資源の回復に役立つことが期待されます。


写真1 係留系設置・沿岸観測の様子