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 土用の丑の日におなじみのウナギ。私たちの生活に深い関わりのある魚です。日ごろ何気なく食べているウナギですが、彼らがどこで産卵しどのように日本にやってくるのか、近年まで謎であったことをご存知でしょうか?科学技術、観測技術の発達によりようやく彼らの生活史が解明されようとしています。私たちの研究室では、そのウナギについてさまざまな手法を用いて研究を行っています。ウナギの産卵場である外洋の海洋構造やその変動をもとにウナギ卵稚仔の輸送メカニズム解明、また、安定同位体比を用いた化学的手法により初期生態の分析を試みています。また、漁獲量や日本周辺の海洋構造の解析によるウナギ資源変動要因の研究など、多種多様な手法と視点でウナギの秘密に迫っています。



1.ニホンウナギの産卵場


 ニホンウナギの産卵場は、グアム島に近いマリアナ諸島西方海域の北赤道海流中にあります(図1)。ニホンウナギは、日本、中国、台湾、韓国、そしてルソン島の北端にしか分布しておらず、それらの個体間には遺伝的な違いが認められないこと、また、ふ化後数週間しかたっていないレプトセファルス幼生(写真1)がこの海域でしか採集されないことから、この海域が本種の唯一の産卵場とみて間違いありません。2005年の白鳳丸航海ではふ化後数日しか経過していないプレ・レプトセファルス幼生(写真2)が採集されました。

 親ウナギはどのようにして産卵場を見つけるのでしょうか。親ウナギが回遊する空間的な規模を考えると、オスとメスが偶然に遭遇する確率はほとんどゼロであり、そこには何か不思議なメカニズムがはたらいていると考えられます。今までの白鳳丸による研究調査から、そのためのランドマークとして北赤道海流の表層水を南北に分断する塩分フロントに注目が集まってきています。それはレプトセファルス幼生が塩分フロントの南側で採補されることが多く、この周辺の海流構造が幼生の西方輸送に適したものとなっているからです。

 この塩分フロントはハワイ沖からの強い蒸散作用を受けた高塩分水と熱帯特有の降雨がもたらす低塩分水によって形成され、エルニーニョが発生すると降雨の源となる積乱雲が東へと移動するために塩分フロントは南側に移動します。もし塩分フロントが産卵の目印となっているとすれば、エルニーニョに対応した日本沿岸へのシラスウナギ来遊量の変動が認められるはずであり、事実、エルニーニョが発生するとシラスウナギの採捕量が減少します(図2-1、図2-2)。また、エルニーニョが発生年に実施した白鳳丸観測でも塩分フロントの南下に伴ったレプトセファルス幼生の分布の南下も認められ、その役割を強く裏付けています。塩分フロントの南北では、レプトセファルス幼生の餌となる海水中の有機懸濁物質の炭素安定同位体比が大きく異なっており、塩分というよりも水質の違いがランドマークとなっているのかも知れません。


図1 日本ウナギの産卵場と分布
および西部亜熱帯循環
写真1 レプトセファルス幼生 写真2 プレ・レプトセファルス幼生
図2-1 エルニーニョ 無 図2-2 エルニーニョ 有


2.仔魚輸送に影響する海洋環境


 私たちの研究室では海洋環境がレプトセファルス幼生の輸送に与える影響を物理学的・環境学的な視点から研究しています。レプトセファルス幼生は、北赤道海流に乗ってフィリピン東部を経由して黒潮流域に輸送されます。間違って黒潮とは逆のミンダナオ海流方面に流されてしまうと、成育ができずに死滅回遊となってしまいますので、フィリピン東部での黒潮への乗り換えが生き残りのための重要な条件になります(図3)。

 しかしながら、北赤道海流が黒潮とミンダナオ海流が分岐する地点はEl Niñoなどの気候変動の影響を受けて刻々と変化します。この分岐点の変化がレプトセファルス幼生の生残に大きな影響を与えていることが数値シュミレーションの結果から明らかとなっています。また、安定同位体比を用いた研究では、ウナギの仔魚が海流に乗って日本に辿りつくまでどのような餌料環境にいたか、どのような食性を持っていたかが明らかになってきています。

 こうしてさまざまな海洋環境にさらされてきたレプトセファルス幼生は、黒潮に乗っている間に、親ウナギと同じ形状のシラスウナギへと変態します。高い遊泳能力を身に付けたシラスウナギは、沿岸に近づくと、黒潮という揺りかごを降りて河川や汽水域での新たな生活に向けて再び旅立ちます。産卵後日本沿岸に到着するまでの4~5ヵ月で移動した距離は、三千海里(1海里(nautical mile)=1.852km、緯度にして1分に相当し陸上で使われるマイルとは異なります)にも達し、正に「母を尋ねて三千海里」ということになるわけです。日本から遠く離れた海域の環境変動が、日本の夏の風物詩である蒲焼きの供給を支配していると考えると不思議であり、好奇心がそそられます。


図3 日本ウナギ幼生の輸送過程


3.シラスウナギ・ウナギ親魚の資源評価


 さて、長い旅を終えて日本に到着したウナギはどのようにして私たちの食卓にのぼるのでしょうか。現在、私たちが食べているウナギはほとんどを養殖に依存しています。ここでいう養殖は、ウナギの稚魚であるシラスウナギを漁獲し、それを太らせ出荷することを言います。しかしながら、近年日本に来遊するシラスウナギが減少の一途をたどっています(図4)。ウナギ資源に何が起こっているのでしょうか。ここで述べたように、ウナギは産卵のためにマリアナ海溝まで回遊します。その生態は資源状況の把握や管理において大きな困難となっています。どの程度の親魚からどの程度のリクルートがあるのか、また日本に来遊したウナギが産卵回遊するまでに何年かかり、その成功率はどのくらいかなど、ウナギ資源について解明すべき事柄は山のようにあります。しかしながら、現状利用可能なデータであるウナギ漁獲量の記録は統一的なものではなく、記録の一元化が最大の関門となります。

 本研究室では日本全国に散在する漁獲データの収集・解析を行うことで大海原を回遊するウナギの資源状況の把握を目指しています。また、ウナギ漁業やシラスの来遊において特色のある地域に焦点をあて、局所的な海洋物理環境とウナギ資源との関わりを研究しています。


図4 全国におけるシラス採捕量の経年変動


参考文献

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